『ブラック・スワン』レビュー

自我のバランスを保つ客観性と冷静さは、ときに芸術家にとっての足かせとなる。忘我の境に入らなければ、表現できない極みもあるからだ。しかし、その極みはまた、著しくバランスを崩した危うさと背中合わせでもある。

───プリマ・バレリーナのベスが引退したニューヨーク・シティ・バレエ団では、新たなプリマの座を狙いダンサーたちが色めき立っていた。次の演目は『白鳥の湖』。優等生のニナは、可憐な白鳥のパートは踊りこなすものの、自由奔放で邪悪な黒鳥を表現しきれずにいたが───

監督はダーレン・アロノフスキー。前作『レスラー』が金獅子賞を受賞するなど高く評価され、上り調子の勢いの中で撮った『ブラック・スワン』は、期待を上回る最高の作品になった。

それら2作品を監督は姉妹作と位置付けており、共通点が多い。しかし、決定的に違うのは、全編を支配する緊張感だ。『レスラー』は、叙情的に淡々と主人公の日常を描いていた。対して『ブラック・スワン』では、息が詰まるほどにスリリングな演出がなされている。

開幕早々から不穏な空気が漂い、ラストまでの108分間、緊張を強いられたため、鑑賞後にはどっと疲れたくらいだ。

この緊張感は、ダーレン・アロノフスキーの演出によるものだけではない。主役のニナを務めたナタリー・ポートマンの恐るべき演技力によって、ニナの不安と恐れが観客に伝染するのだ。

仕事よりも学業を優先するなど、ハリウッドスターらしからぬクリーンなイメージがニナ役に重なるナタリー・ポートマンだが、本作でただの優等生ではない、危険な雰囲気をも手中にした。

監督と主演だけではない。チャイコフスキーの『白鳥の湖』をベースに作曲されたサウンドトラックも美しいし、ヴァンサン・カッセルらの助演陣も素晴らしい。

サイコスリラーとしても、バレエ映画としても、文句なし。

『ブラック・スワン』を観たが最後、飽きるほど耳にしたはずの“白鳥の湖 情景”が、今までは違う情感を揺さぶることになる。そしてそのとき脳裏に浮かぶのは、間違いなくニナの姿だ。

評点(10点満点)

【10点】完璧。

ネタバレ

(注) ここ以降は本作のネタバレがありますのでご注意ください。

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ラストでニナが(おそらくは)命を落としてしまったが、それでも一種の爽快感を味わえる終わり方だった。その理由は、ニナが最後の舞台で舞ったダンス一つで、母親との確執や、リリーとの争い、ルロワとのこじれた関係などをすべて解決してしまったからだ。

バレエを愛する人々にとって、完璧ともいえるダンスを見せたニナは、まさにミューズであり、畏怖の念を抱かせる存在になった。その極みに達したニナとの関係性に於けるいさかいなど、もはや意味をなさないのだ。

『ブラック・スワン』の物語は、“イヤリング”、“少女趣味の部屋”、“ドアのすぐ外に母親がいるのを知りながらリリーとセックスをする”など、「おや?」と思わせる引っ掛かりを随所に散りばめ、少しずつそれらの伏線を回収しながらクライマックスへ上り詰めていく。

小さな起伏が幾重にも押し寄せ、最後には大きな一つのうねりとなって観客の感情を揺さぶる秀逸な構成だった。

本作で演出家のルロワを演じるヴァンサン・カッセルは、お気に入り俳優の1人。公園初日に遅れてやって来たニナを舞台にあげる決意をするまでの心の動きを表情だけで巧みに表現してみせるシーンは秀逸だった。

本作でヴァンサン・カッセルを気に入った人は、彼がタイトルロールを務める『ドーベルマン』を観て欲しい。暴力的でオフビートな傑作フランス映画である。

タイトル:
『ブラック・スワン』レビュー
カテゴリ:
映画
公開日:
2011年06月12日
更新日:
2018年05月30日

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