『タロットカード殺人事件』レビュー

老いてなお盛んなウディ・アレンが監督した前作の『マッチポイント』は実に素晴らしい出来で、御大の健在ぶりを世に示した。本作『タロットカード殺人事件』も又もや快作に仕上がっており、才気が衰えることのないウディ・アレンには、只ただ感服させられる。

───ロンドンを震撼させている連続殺人事件。その殺害現場には、必ずタロットカードが一枚残されていた…。ジャーナリスト志望の女子大生サンドラ(スカーレット・ヨハンソン)は、急死した敏腕新聞記者の幽霊からこの事件の真犯人を耳打ちされ───

『タロットカード殺人事件』は、シリアスだった『マッチポイント』とは打って変わって「ゆるさ」が心地よい軽妙なコメディ・ミステリーだ。コメディの軸になるのは、アイロニー、ペシミズム、ウィット…なんてカタカナ言葉を並べて評したくなる、日本の感覚とは違った会話の妙。それらはとにかく洒落ていて可笑しく、登場人物たちの何気ないやり取りを観ているだけで笑ってしまう。

主演のスカーレット・ヨハンソンは、ウディ・アレンによほど気に入られたらしく、『マッチポイント』に引き続き本作で起用されただけではなく、次々作での出演も決定している。ウディ・アレンの新たなミューズの誕生だ。若くてコケティッシュな美女をこの期に及んで気に入るなんて、本当に血気盛んなおじいちゃんである。

忘れてならないのは、もう一人の主演を張るヒュー・ジャックマンだ。本作での彼は、代表作の『X-メン』で演じている野性的で今にも汗が匂ってきそうな役柄が嘘に思えるくらい清潔感のあるハイソな雰囲気を醸している。振り幅のある役柄を無理なくこなせる懐の深さが窺えた。そのルックスの良さに改めて惚れる人も多いだろう。

年を重ねるごとに作品が無駄に説教臭くなる表現者も少なくないが、ウディ・アレンはそういった老成の弊害とは無縁のようだ。『タロットカード殺人事件』は、そんな監督と映画界を代表する美男美女が織り成す小粋な二時間を楽しめる、映画ファン納得の良作である。

評点(10点満点)

【7点】大人の為の洒落た映画。

ウディ・アレン監督作

ネタバレ

これより下には結末に関する記載がありますので、観賞後にお読みください。

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ウディ・アレン演ずるシド・ウォーターマンがクライマックスに自動車事故で死んでしまうのには驚いた。あまりに唐突かつ間抜けな最期で思わず笑ってしまう。こういった皮肉なユーモアの感覚には唸らされる。「イギリスはアメリカと違って左側通行なので衝突しそうになる」なんて台詞が伏線だと事前にピンと来た人はごく少数だろう。

ちなみに、シドの死は本作におけるアイロニーの核になっている。ピーター・ライモン(ヒュー・ジャックマン)の犯行を唯一気が付いたシドが死んでしまったのだから、サンドラを殺そうとさえしなければ犯行が露見することはなかった。サンドラをボートから突き落とした瞬間が、ピーターにとってのマッチポイントだったのだ。

それにしても、冒頭とクライマックスで「ボート(死神の船)から湖(三途の川)に飛び込んだ人物が真犯人を告げる」ことを繰り返す巧みな構造を持った脚本をさらりと書いてのけるウディ・アレンは、なんともにくい監督である。彼岸へと渡る船で飄々とマジックを披露し続けるシドは、まさしくウディ・アレンにほかならないようである。

タイトル:
『タロットカード殺人事件』レビュー
カテゴリ:
映画
公開日:
2007年11月08日
更新日:
2018年05月30日

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