『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』感想: 生きてこそ

少年とトラが2人(?)きりで救命ボートに乗って漂流する、というあらすじがまずは素敵な映画『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』。物語の先も読めないし、映像美も楽しめそうだと気楽に観たら、良くも悪くも期待を裏切られました。

なかなか漂流しない

ジャンル分けするなら「漂流もの」に当てはまるのだろうけど、とにかくまあ漂流するまでが長い。この導入部を退屈に感じて評価を下げる人もいるようだ。でも、「早く冒険を観たい!」と早る気持ちをひとまず横に置けば、これが意外に面白い。

主人公のパイくんことピシン・モリトール・パテルの、死生観や宗教観がおぼろげながら形成されていく導入部は、結末を知れば必要不可欠だったことが分かる。そもそも、それらのエピソードは、一つひとつが気が利いていて興味深い。これは小説が原作の強みだろう。

冒険活劇?ファンタジー?

長い導入部を経て、いよいよ漂流が始まっても、過酷な状況を知恵と勇気でサバイブする冒険劇にはならない。幻想的で、示唆に満ちた漂流なのだ。緊張感や悲壮感は低く、ゆったりと映像を楽しむ感じ。なので、できれば3D版を選びたい。

現実的な漂流を期待してはいけない。そもそも、トラと一緒に漂流する時点でファンタジーなのだし。

吹き替え

私は字幕派なのだけど、3Dを優先させて──近隣の映画館で3D字幕版の上映がなかったので──吹き替え版を鑑賞。

なにかと批判の挙がる、声優ではない芸能人による吹き替えは、『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』にも有り。大人になった主人公を本木雅弘が担当しています。これが違和感なし。クレジットを見なければ気付かなそう。

むしろ、メインの少年時代を担当した本職の声優のほうが、大げさな感じでしっくり行かなかった。ただ、演技経験の無いスラージ・シャルマが主人公を演じているため、彼の演技に忠実なだけかも?これは字幕版を未見なのでなんとも言えない。

ネタバレ: リチャード・パーカーとはいったい何なのか?

人の形をした、生命をむさぼる島など、象徴的なエピソードが心に引っかかりつつも、深読みせずに鑑賞していた油断を突くように、唐突に主人公の口から語られるもう一つの物語。

それは、救命ボートに乗っていたのは動物たちではなく人間で、血なまぐさい出来事の末にパイだけが生き残った物語。

なにが本当の話なのか。それは観客にゆだねられたと思ったが、どうやらそれは違うようだ。

リチャード・パーカーとは、難破したイギリスの船から脱出した救命ボートで殺害され、生き残った船員たちの食料とされた、実在の人物から取られた名前なのだ。

この符合を踏まえると、「もう一つの物語」こそが真実だと取らざるを得ない。

振り返ることなくパイの元から去ったトラは、神への疑念であり、また純真さの象徴か。

日本人は何の象徴か

難破した船は、インドからカナダへの渡航船だが、インド船でもなくカナダ船でもなく、なぜか日本の船である。そして、沈没の原因を調査しにきた日本人は、パイがトラと漂流した話をかたくなに信じない。

日本船である必然性はないため、何らかの文学的意図があるのだろうけど……。

当の本人たちである我々でもつかみかねる、日本人の曖昧で複雑な死生観と宗教観を、原作者や監督が理解しているとは思えない。何らかの齟齬があるように感じて、これは最後まですっきりしなかった。

お気に入り度

原作は、スペイン生まれのカナダ人である作家ヤン・マーテル。監督は台湾出身のアン・リー。そして主人公はインド人のパイ。ということで、多国籍であり無国籍な、不思議な雰囲気の映画に仕上がっています。

それだけに、はっきりとしたよりどころがなく、どこか腑に落ちない映画でした。結果、『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』のお気に入り度は65%です。

タイトル:
『ライフ・オブ・パイ / トラと漂流した227日』感想: 生きてこそ
カテゴリ:
映画
公開日:
2013年02月04日
更新日:
2014年04月15日

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