バットマン『ダークナイト』レビュー

秩序を保つためにはルールを守らなくてはならない。それはつまり抑圧を甘んじて受け入れることでもある。ルールを破り秩序を乱す「悪」は平和を望む者にとって憎むべきものだが、ほしいままに生きる悪人の中に自由を見出すこともあるだろう。

それ故か、実際に危害が及ぶ事がないフィクションの世界では、数々の悪役が観客を魅了してきた。そしてその中の一握りはカリスマとして崇められている。『ダークナイト』に登場する"ジョーカー"もまた、悪のカリスマとして映画史にその名を残すことになる筈だ。

───強大な力を持ってして悪を封じ込めたバットマンの前に、振り子の揺り返しが如く凶悪犯"ジョーカー"が現れる。正義を信じる熱血漢の新任検事ハービー・デントはバットマンを支持するが───

まずは冒頭、ジョーカーによる銀行襲撃のエピソードが素晴らしい。観客は、このたった一つのエピソードだけでジョーカーがどれだけ極悪で、また狡猾かを立ち所に知ることになる。そして「なんて酷い奴なんだ」と思いつつも「もっとやれ!」とジョーカーに惹き込まれてしまうだろう。その悪魔的魅力は、かのレクター博士に並んだと言っても過言ではない。

対するバットマンが複雑な立場に追い込まれるのが本作の肝だ。悪を裁くためには法を破ることも厭わないバットマンは、手放しに正義だと称えられる存在ではない。バットマンは、ジョーカーを陰とするならば陽であるが、"ホワイトナイト"と呼ばれるハービー・デントに対応する"ダークナイト"でもある。陰と陽、光と影、正義と悪、混沌と秩序……。相反する要素に引き裂かれる本作のバットマンは、既存のアメコミヒーローとは一線を画する。

そもそもバットマンもジョーカーも特殊な能力を持たない只の人間なのだ。舞台となる架空の都市"ゴッサム・シティ"も前作までのようなキャラクター性は無く、アメリカのありふれた都会の風景になっている。そのため現実的な緊張感があり、『L.A.コンフィデンシャル』のような犯罪映画の様相を呈する。正義を成すためには如何なる行動を取るべきなのか。現代社会における正義と悪の在り方が臨場感を持って示されているのだ。

152分と上映時間は長いが中弛みはない。あれもこれもと欲張りな内容なのに破綻しない脚本は出色の出来栄えで、「ハービーのコイントス」「鉛筆のマジック」「レイチェルの手紙」「裂けた口の与太話」等々一つひとつの細かいエピソードが魅力的だ。極力実写に拘ったアクションシーンの迫力も尋常じゃない。

完璧な作品など存在しない。故にあらを探せば本作にも幾らでもある。しかし、けちを付けるのが無粋に感じるくらいの気迫が本作にはこめられている。『ダークナイト』は、映画ファンたちに「映画が好きでよかった」と映画への愛情を再確認させてくれるだろう。

評点(10点満点)

【9.5点】映画ファンならば、絶対に劇場へ足を運ばなくてはならない。

シリーズ

タイトル:
バットマン『ダークナイト』レビュー
カテゴリ:
映画
公開日:
2008年09月02日
更新日:
2018年05月30日

この記事をシェア

あわせて読みたい