『バンテージ・ポイント』レビュー
"事実"が必ずしも"真実"だとは限らない。物事には多面性があり、一つの視点からだけでは全貌をつかむことは難しい。マスメディアが日夜報道している事実は、真実の氷山の一角にすぎないかもしれないのだ。
───スペインのマヨール広場で演説中のアシュトン米大統領が衆人環視の中で狙撃された。鍵を握る目撃者は八人。それぞれの思惑が交錯した先に辿り着く真実とは───
「複数の目撃者の視点から見た一つの出来事」とくれば、映画ファンなら誰もが黒澤明監督作の『羅生門』を思い浮かべるだろう。『羅生門』スタイルの映画は数多くあるが、それらと『バンテージ・ポイント』が大きく異なる点は、目撃者の見たものが食い違わないことだ。それぞれが目の当たりにしたものをカメラはそのまま映しだす。にも拘らず真実になかなか辿り着かないもどかしさが本作の肝だ。
観客は、大統領暗殺の前後に起きた出来事をキーパーソンごとの視点で繰り返し目撃することになる。一つのシークエンスは10分程度の短いスパンで構成され、それぞれに起承転結の「起承転」があるので、速いテンポで波状的にボルテージの高まりが訪れる。『羅生門』スタイルと現代的スピード感の見事な融合である。
そして一縷の隙もなく組み立て上げられたプロットの構成が圧倒的だ。
視点が変わるたびに、登場人物たちの些細な言動に隠された重要な意味が明らかになる驚きがある。同時に新たな疑問も生じて真実に手が届きそうで届かない。執拗に、そして複雑に絡み合うように「起承転」が積み重ねられ、登場人物たちの一挙手一投足から目が離せなくなる。観客の「結」への渇望がピークに達する潮時に全ての「結」が堰を切ったように解き放たれ、真実の欠片は一つの結晶へと加速度的に収束していく。
さて、『バンテージ・ポイント』はサスペンスとしての仕組みが優れているだけではない。人の有りようを描く群像劇としても良く書けた脚本である。『トラフィック』や『クラッシュ』などの作風が好きな方も満足することだろう。
冒頭から結末までぎっしり詰まった90分。一筋縄では行かない歯ごたえのある良作だ。本作を手掛けた新鋭脚本家のバリー・L・レヴィの次作が今から楽しみである。
評点(10点満点)
【7点】製作者の意欲が結実している。
- タイトル:
- 『バンテージ・ポイント』レビュー
- カテゴリ:
- 映画
- 公開日:
- 2008年03月27日
- 更新日:
- 2018年05月30日