『風の歌を聴け』村上春樹 書評

『ノルウェイの森』が一大ベストセラーになって以降、国民的作家として老若男女に親しまれてきた村上春樹作品には、ここ何年かの新作から読み始めた読者も多いだろう。過去の小説も読んでみたいと思ったならば、近作の成熟した著書も捨てがたいが、ここは初期の作品を薦めたい。村上春樹の処女作になる『風の歌を聴け』だ。

本書は<僕>と友人の<鼠>と<小指のない女の子>の物語に、それらの物語とは一見して関係のないデレク・ハートフィールドという作家に関する記述が時折挿入されるかたちで進む。それらが150項程の小説としては取り分け多い40もの細かい章に分けられることにより、奇妙なリズム感を生んでいる。そのリズム感は映画『パルプ・フィクション』に通じるオフビートなもので、古びた感じはいまだしない。特にデレク・ハートフィールドが**の**であるセンスには唸らされた。私もそのことを始めて知ったときは(自分では気が付かなかった)「してやられた!」と驚いた。

もちろん『パルプ・フィクション』とは違い、村上春樹の書く小説に共通して感じる、読後の奇妙な喪失感は既にこの作品から存在する。それだけではなく、作中に登場するラジオDJが「一度しか言わないからよく聞いておいてくれよ」という前置きの後に発せられる言葉には、その後の村上作品ではあまりないタイプの感動がある。まさに「一度しか言わない」であろう。

主人公が共通している『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』の青春三部作と俗に呼ばれる初期作品群は、続けて読むことを特に薦めます。私が順に読み進め、『羊をめぐる冒険』を読み終わったときには慟哭といっていい感情に襲われ、しばらくは何も手につかない程でした。

売れすぎているという理由で敬遠してしまっている人もいるようですが、それは勿体ない。村上春樹に対して先入観がないであろう海外でも高い評価を受けていることから、うわついた人気ではないことが分ると思います。本書を入り口に村上春樹作品を読み進めれば、あなたにとって大事な一冊となる作品にきっと出会えるでしょう。

評点(10点満点)

【9点】村上春樹作品の中でもベストの部類に入る。

タイトル:
『風の歌を聴け』村上春樹 書評
カテゴリ:
公開日:
2006年09月05日
更新日:
2018年05月30日

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