『ハチミツとクローバー』羽海野チカ 書評

1~7巻

美大生たちの青春物語『ハチクロ』こと『ハチミツとクローバー』を読み進めると、胸に、なんともくすぐったい情感がわきあがった。この気持ち表す言葉は───「甘酸っぱい」うん、「甘酸っぱい」がピッタリだ。

「甘酸っぱい」なんて、いまどき口に出すのも気恥ずかしいけれど、そもそも「青春」って、どこか照れくさいものだから、言い得て妙なんじゃないだろうか。それだけ『ハチクロ』が、青春を上手く切り取っているんだろう。登場人物たちの恋愛や学業、はてまた自分探しで右往左往とじたばたする姿が、面白おかしくも胸にしみて青春を感じさせる。

しかし、話が進むにつれ甘酸っぱさは徐々にその姿を消してゆく。それぞれが成長して、青春の峠を越して行くからだ。笑えないエピソードが増え、ほろ苦さが募っていくありさまは現実的で切ない。

その中で一人、青春の峠をうまく越せないでいる登場人物、<竹本くん>がひときわ輝いて見える。それは、彼が青春をいちばん体現しているからだ。

ならば大人の輝きとはなんなのだろう?大人として描かれている登場人物たちは、皆一様にあきらめの影を背負っている。

竹本くんの青春の終わりが物語の終わりなのだとしたら、そのとき彼が背負っているものが、あきらめではなく、ヒロインの<はぐちゃん>ならいいな、と願う。だっておそらくは、誰かを想う気持ちが成熟することが、大人の輝きなんだろうと思えるから…。

8巻

甘酸っぱさが息を吹き返した。何故ってそれは、てらいのない恋愛感情の前で登場人物たちが、みな青春を再び身にまとったから。

諦観を許さない「好き」だという感情。建前やポーズでは取り繕うことの出来ない、みっともないくらいに心を揺れ動かす相手を想う気持ち。それらがせきを切ったように溢れ出して、言葉に、行動になる。「理由なき反抗」ではない大人の青春。

読み終わってしばらくたった今でも、心が上手く着地できていないくらい。それくらい心に訴えるものがある物語です。

9巻

はぐちゃんの身に今後の人生を左右するくらいの大きな出来事が起こる。あまりにもメロドラマチックなその出来事に私は違和感を覚えた。物語を転がすための無機質な装置のように感じたのだ。まるで夢を見ているような深い感情移入から、不意に醒めてしまった。

10巻

性急な展開で物語は終幕へと進む。『ハチクロ』は竹本くんの「恋の始まり」から始まり、その終わりで幕を閉じる。

ときに影が薄かった竹本くんだが、この物語の主人公は間違いなく彼だ。登場人物たちが人生に達観して、僅かずつではあるが確実に醒めていくに対して、竹本君は最後まで足掻きつづけた。悪足掻きではない。自分の人生と運命にまっすぐに向き合い、必死で努力しつづけたのだ。それゆえにラストはとても清々しい。甘酸っぱさとホロ苦さの狭間で、竹本くんの人生は、まだ始まったばかりなのだ。

評点(10点満点)

【7.5点】名作一歩手前。

タイトル:
『ハチミツとクローバー』羽海野チカ 書評
カテゴリ:
公開日:
2006年09月16日
更新日:
2018年06月22日

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