『ジャケット』レビュー

「時」、そして時間と人を結びつける「記憶」の物語には、心の琴線を強く刺激するものがある。『バタフライ・エフェクト』や『エターナル・サンシャイン』、『メメント』など、近年「時」と「記憶」をテーマにした映画は傑作が続いている。映画『ジャケット』も、その系譜に連なる一作だ。

───湾岸戦争で頭部に銃撃を受けたジャック・スタークス(エイドリアン・ブロディ)は、後遺症で記憶障害になってしまう。帰国後、殺人事件に巻き込まれ、精神病院に移送されたジャック。そこでジャケット(拘束衣)を着せられ、死体安置用の狭い引き出し棚に閉じ込められるという実験的な治療を強制され───

SFの要素をふんだんに含みながらも、科学的根拠の明示や、論理的な説明が作中で一切なされない『ジャケット』は、御伽噺のようだ。
 なぜ、かぐや姫は月へ帰ったのか。なぜ、浦島太郎は年老いてしまったのか。そこに理屈を求める人には、『ジャケット』は楽しめないかもしれない。けれども、御伽噺に特有の寓話的感傷に素直にひたれるなら、思い入れのある作品になるだろう。

喪失感と希望を微妙なバランスで内包しているストーリーを、主演のエイドリアン・ブロディが巧みに表現している。同世代の役者の中で群を抜けて素晴らしい演技力は言うまでもなく、なにより、どこか愁いを帯びた顔がエイドリアン・ブロディの重要な才能の一つだろう。悲哀と、その先にある希望をセリフよりも雄弁に表情で物語り、ストーリーの余情を観客に伝えている。

想像の余地を多分に残した『ジャケット』は、その曖昧さが人によっては「説明不足」や「ご都合主義」に思えるかもしれない。しかし、すべてにおいてガチガチの理由付けがされている映画ばかりでは、つまらないではないか。観客にゆだねる要素が多いからこそ生まれる深みもある。『ジャケット』は、そんな余情を存分に生かした、傑作です。

評点(10点満点)

【8.5点】哀愁の八の字眉毛。

タイトル:
『ジャケット』レビュー
カテゴリ:
映画
公開日:
2006年09月30日
更新日:
2018年05月30日

この記事をシェア

あわせて読みたい