『1.0 【ワン・ポイント・オー】』レビュー&解説

───老朽化したアパートに住むプログラマーのサイモンが部屋に帰ると、見覚えのない箱が置かれていた。開けてみると中身は空。その空き箱は、何度捨てても気が付くと部屋に置いてある。時を同じくしてアパート全体に不穏な何かが起きつつあった───

公開時のキャッチコピーは、"不条理系ナノテク・スリラー"。それだけに、きちんと筋立てされたミステリーではない。漠然と観ていると、何がなんだかまるで分らないまま終わってしまう。観る人を選ぶ映画ではある。しかし、こういった映画が大好物の人には、たまらない一本だ。

時代も舞台も曖昧な設定の世界で起きる不条理な出来事の数々が、いわゆる映画的な、ざらついたフィルムの映像で描き出される。橙と緑、二色に抑えられた色調のアパートは、硬質的で美しく、隠された恐怖を暗示しているかのようだ。

そのアパートに引き込まれた観客は、無力な傍観者となって住人達の末路を見届けるしかない。全てが手遅れな事態へと滑り落ちていくのに、いつまでも物語の全貌が現れない。最後に一人取り残された観客は、ただ呆然とエンドクレジットを眺めることになるだろう。

不条理な物語だが、一連のデヴィッド・リンチ作品ほどではない。謎解きを楽しむサスペンスとして観ることも出来る。不条理性に身を任せ酩酊感に浸っても良い。なんにせよ、ブロックバスター・ムービーでは味わえない、一癖ある刺激を得られる作品だ。

評点(10点満点)

【7点】ハマればハマる。

ネタバレ

(注) これより下はネタバレを含みます。既に観賞した方のみお読みください。

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『1.0 【ワン・ポイント・オー】』は、最終的な解釈が観客に委ねられています。このタイプの作品は、人と謎解きし合うと面白さが増すものです。しかしながらマイナーな作品が故に、身近に鑑賞した人がいない人も多いでしょう。下記に私なりの解説を掲載するので、興味がある方は自分の解釈と照らし合わせてみてください。

解説

送られてきた箱には何が入っていたか?

ナノテクノロジーによって作られた、人体に感染するコンピューター・ウイルス"ナノマイト バージョン1.0"が入っていた。

ではナノマイトとは?

脳に作用して特定の商品を買わせる工学ウイルス。欠陥により感染者は死んでしまう。劇中の感染者はファーム社製品を購入していることから、巨大複合企業のファーム社が作ったと思われる。

誰が箱を送りつけたのか?

送り主はファーム社(後述 a パターンの場合はハワード)。ナイルの付けた警報装置が作動していないことから、サイモンの部屋に置いたのは、運び屋のナイルと思われる。サイモン自身だったと考えられる。(詳細は後述)

ナイルの正体は?

おそらくはファーム社の者ではなく、利用されていただけと思われる。事の全貌は理解していない様子。

サイモンを尾行していたコートに帽子姿の人物は誰?

劇中では顔の出ていないファーム社の者か、ハワードのどちらかと思われる。サイモンが地下に追い詰めると姿が消え、ハワードがいたことから後者が有力か。

アパートの住民は、みな感染していた?

サイモンは牛乳、大家は肉、隣人はコーラ、トリッシュはジュース、デリックはスナック菓子を買いあさっていたことが示唆されていることから、アパート全体が実験場にされたと思われる。

トリッシュはファーム社の関係者か?

後半でナノマイト感染による死亡が示唆されているので、関係者ではないと思われる。サイモンの部屋でした「箱」に関する電話は、関係のない話だろう。本格ミステリでいうところのミスリードではないか。

ロボットのアダムは何を伝えようとしていた?

アダムはコンピューターなのでナノマイトの存在に気付き、住民に警告を発していた。しかし、会話機能が不十分で意図が伝わらなかった。

サイモンが手掛けていたプログラムは何?

ナイルが「ファーム社はサイモンの頭脳を利用しようとしている」と語ったことから、ナノマイトのプログラムだと思われる。冒頭でサイモンが期限を守れなかった直後に最初の死亡者が出ているので、感染者が死んでしまうバグを取る作業か?もちろんサイモンは、プログラムの正体には気付いていない。

"ナノマイト バージョン1.0.5"とは?

バージョン1.0はある一つの商品を買わせるだけだったが、1.0.5はファーム社製品なら何でも欲しくなる。死んでしまうバグは取られていない。

ハワードはなぜ脳を回収した?

ナノマイト感染による変化のデーターを取るためか、証拠隠滅のためと思われる。

ではハワードの正体は?

パンフレットに掲載されているインタビューで監督は、「元アイスランドIBMの責任者だったコンピューターの天才で、ある日すべてを捨てさり、社会からドロップアウトした実在の人物がハワードのモデル」と語っている。と言うことは元ファーム社の責任者か?コオロギ形ロボットを過去の発明品と話していることが、テクノロジーの知識があることを示唆している。

ハワードとファーム社の現在の関係は?

両者の関係で考えられるパターンは、大きく分けて3つ。

ナノマイトの実験は
  • a. ハワードが一人で行った。ファーム社は関知していない。
  • b. ハワードとファーム社の協力で行われた。
  • c. ファーム社が行った。ハワードは横槍を入れた。

a パターンだとするとサイモンを尾行していたのはハワードだったということになり、ストーリーがシンプルにまとまる。マッドサイエンティストのハワードが起こした事件という解釈。

b もしくは c パターンだと巨大複合企業の暗躍といった今日的なテーマになる。物語的に深みが有るのは c パターンだろう。

ハワードが最後に語る「善人」と「悪人」とは?

善人は警官。悪人はハワード自身か、もしくはファーム社だと思われる。

【追記】05-07-18 (Mon)

隣人の犬は、ハワードの飼い犬だった?

これについては、単純に飼い主を失った犬をハワードが引き取っただけとも考えられる。だが、隣人の記憶を操作して、ハワードの飼い犬を自分の犬だと思い込ませたケースも考えられる。犬が隣人になついていないのがポイントだろう。

ナノマイトは記憶操作も可能だった?

だとすると、サイモンの部屋に箱を置いたのは、サイモン自身だった可能性も出てくる(自分で持ち帰った記憶を消されている)。途中でサイモンが大家のパソコンをハッキングして、廊下の防犯カメラの録画画像をチェックするシーンにヒントがある筈。だが、私は劇場鑑賞時点では確認できなかった。

おわりに

さて、この解説はあくまで私個人の解釈です。『1.0 【ワン・ポイント・オー】』のようにデヴィッド・リンチ的な謎の多い映画は、そもそも正解がない場合も多い。最終的な判断が観客に委ねられているからこその面白さなので、この解釈を押し付ける気はありません。

また、本稿の解説は劇場公開時に作成したものです。DVD は未見なので、詳細のチェックはしてません。

タイトル:
『1.0 【ワン・ポイント・オー】』レビュー&解説
カテゴリ:
映画
公開日:
2006年09月16日
更新日:
2018年06月22日

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