『ラストデイズ』レビュー

この映画を正当に受け止めるためには、物語の出自を誤解してはならない。カート・コバーンの自殺から着想を得た作品ではあるが、伝記ではない。あくまでフィクションだ。主人公はブレイクという青年であって、カートではないことを理解しておかなければ、あらぬ混乱を招くことになる。

カートの最後の二日間を見たいだけの人には響かないかもしれない。『ラストデイズ』はブレイクの、さらに言えば「ある一人の人間」の『最後の数日』の物語だ。

───ドラッグのリハビリ施設を抜け出し、森を彷徨うミュージシャンのブレイク。独り言を呟き続ける彼の耳には、水の流れる音などの幻聴が絶えず聞こえていた───

ガス・ヴァン・サント監督の前作『エレファント』と同じく、説明的な台詞や演出は一切殺ぎ落とされ、カメラは傍観者であることを徹底している。娯楽映画のように観客を導く要素がないため、登場人物の社会的背景をつかむことすらままならない。ブレイクの聞いている幻聴が背景音楽に流れるシーンは、実験的なアートムービーのようですらある。

単純にカート・コバーンのファンとして観賞した方は面食らったかもしれない。ネット上のレビューがおおむね否定的なのは、いた仕方がないだろう。『ラストデイズ』は、『エレファント』や『マイ・プライベート・アイダホ』が好きなガス・ヴァン・サント監督ファンや、足繁くミニシアターに通う映画ファン向けの作品とも言える。

しかしながらニルヴァーナやカート・コバーンのファンが観客の殆どを占めるのが自明の理なことを考えると、少しくらいは手解きがあってもよかったのではないだろうか。私もブレイクがカートではないことは頭では理解しつつも、ブレイクが右利きのポジションでギターを弾くのに大きな違和感を感じた。せめてカートとブレイクの線引きの手解きはあってもよかったと思う。

勘違いして欲しくないのだけど、『ラストデイズ』は決してつまらなくはない。結論を明示しない作品に特有の、長く、静かに心に残り続ける感傷がある。観賞後ふいにブレイクのことが胸をよぎり、物思いに耽ることになるだろう。

カート・コバーンのファンは、思い入れが邪魔をしてこの映画をまっすぐに観るのが難しいかもしれない。だからといってこの映画を切り捨てるのは惜しい。胸に留めておけば、心に響く瞬間がきっとある。繊細に切り取った最後の数日。明文化することのできない何かをそこから受け取ることが出来るはずだ。

評点(10点満点)

【6.5点】キャッチ-さは皆無。

タイトル:
『ラストデイズ』レビュー
カテゴリ:
映画
公開日:
2006年09月25日
更新日:
2018年05月30日

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