アニメ『惡の華』感想: はながさいたよ、だれもみたことないはながさいていたよ
ロトスコープとは、実写をトレースしてアニメにする手法のこと。MVでは比較的よく見かける手法で、a-haの"Take On Me"などで古くからお馴染みです。ところが、独自の進化を遂げている日本のアニメとは食い合わせが悪いのか、ロトスコープを全面的に採用したことは、過去にないのだとか。
そこに登場した『惡の華』は、ロトスコープで全編を制作した、日本のテレビアニメでは史上初となる作品です。というわけでアニメ史に名を残すことが放送前から決定付けられている『惡の華』、はたして歴史に刻むのは名声か汚名か。久々に胸躍るアニメです。
以後はネタバレがあります。
第1話
ボードレールに心酔する中学生の春日高男は、クラスメイトの佐伯奈々子に密かな想いを寄せていた。ある日の放課後、忘れ物を取りに教室へ戻った春日は、佐伯の体操着袋が床に落ちているのを見つけ……。
『惡の華』は、別冊少年マガジンに連載中の漫画が原作です。しかし、アニメ版はロトスコープで制作されているため、原作とは絵柄がまるで違います。なので原作のファンからは、ブーイングが噴出しているようですね。
幸運にも原作を読んでいない私は、違和感とは無縁で、存分に楽しめました。そう、あえて「幸運」と書きたいくらい、出来のよいアニメだったのです。
第1話は、春日くんが佐伯さんの体操着を放課後の教室で見つけるまで。まだ、ほとんどなにも起きてません。平穏な繰り返しの日常を執拗に描いた回でした。あまりデフォルメ感がない、中高生あるあるみたいな日常。
こうしたリアルな日常をフィクションで描くと、不思議と逆にうそ臭く見えたりします。でも『惡の華』は自然にすっと入ってきました。アニメとも実写とも違うロトスコープは、現実と虚構の境界線を曖昧にする効果があるようです。
また、思春期における日常の不確かさにもロトスコープがマッチしています。ロトスコープは、きっちり手段として機能していて、「手段の目的化」にはなっていません。『惡の華』の物語を描くのに必然だったと感じました。
演出も冴えています。劇中に登場するボードレールの詩集『惡の華』の表紙になっているまがまがしい花が、春日くんの心情とリンクして咲く演出は、まんまと刺さりました。
春日くんを演じる植田慎一郎さんは、新人ということもあって、感情表現がたどたどしい。かえってそれが、まだ何者でもない春日くんに合っています。本職の声優は、良くも悪くもうますぎる。現実では、感情表現のうまい人って実は多くないですから。
というわけで、原作と絵が違うというだけで敬遠するのはもったいないアニメでした。
- 著作者:
- 押見修造
- 出版社:
- 講談社
- 発売日:
- 2010年3月17日
第2話
春日高男は、誰もいない放課後の教室で、想いを寄せている佐伯奈々子の体操着を思わず手に取ってしまう。突然の物音に激しく動揺した春日は、佐伯の体操着を偶発的に持ち帰ってしまった。その一部始終を盗み見ていた仲村佐和は、春日に契約を持ちかける……。
欲望の誘惑に負け、まんまと佐伯さんの体操着の匂いを嗅いでしまった春日くん。下手すると笑ってしまうような間抜けなエピソードが、不安と緊張感をあおるドローン(1)によって、息が詰まるようなシーンになっていました。
これに限らず、『惡の華』は音楽の使い方がうまいです。特にASA-CHANG&巡礼によるエンディングテーマの"花 -a last flower-"はヤバイ。2001年に公開された映画『けものがれ、俺らの猿と』でもエンディングテーマとして使われたそうですが、歌詞も含め『惡の華』のために書き下ろした曲だと思えるくらいのハマりようです。
使われいるのは、『惡の華』のためにASA-CHANG&巡礼がセルフリアレンジしたバージョンとのこと。オリジナル版よりも、こっちのほうが素敵。リチャード・D・ジェームスっぽい無邪気な残酷さを感じる音です。
- レーベル:
- キングレコード
- アーティスト:
- ASA-CHANG&巡礼, 南波志帆など
TVアニメ『惡の華』の主題歌を集めたコンセプトE.P.。宇宙人(バンド)のしのさきあさこがプロデュースした4種類のOP曲や、ED曲"花 -a last flower-"などを収録。
閑話休題。佐伯さんの体操着が盗まれたことがクラスで問題になってからの春日くんは挙動不審すぎて、気づかれないのがちょっと不自然かな。
実際に自分がこの状況に置かれたら、と考えただけで胃が重くなります。中高生の頃ってホント逃げ場がない。そういった意味で、仲村さんに秘密を握られたのは、ある面では救いでもあるのかなと。共犯関係になるわけですから。
(1)変化のない長い音を指す音楽用語。
第3話
仲村佐和との契約で、春日高男は放課後を毎日二人で過ごすことになった。そんなある日、クラスメイトが教室に置き忘れていた給食費がなくなってしまう。根拠もなく疑われてしまった仲村を春日は思わずかばうのだが……。
佐伯さんの体操着を捨てる場所を探す春日くんが、いくらなんでもテンパりすぎ!と感じたけれど、よくよく思い出すと思春期って、肥大化した自我のせいで人目が必要以上に気になることが確かにありました。
とめどなく膨張していく自己のイメージが、現実的な範囲に収束していく過程が思春期なのかな。『惡の華』は異色な思春期物語かと思いきや、根っこの部分にある感情は普遍的なものですね。
春日くんが、佐伯さんの体操着を着させられるシーンは笑えました。仲村さんに無理やり着替えさせれられたテイだけど、男女の腕力差からいって春日くんも乗り気じゃなきゃ無理。どう見てもプレイです。本当にありがとうございました。
なんだかSMの香りがしてきました。春日くんはドM決定だし。思春期SM漫画といえば実写映画化もされた『月光の囁き』ですが、『惡の華』はどうなっていくのでしょうか。
仲村さんの太ももや胸をアップにしたカットを挟むことで、春日くんが仲村さんを異性として意識し始めたことを連想させる演出がうまい。だんだん仲村さんがかわいく見えてきました。一方で佐伯さんは、今のところただ顔がいいだけのキャラで魅力不足ですね。
今回も教室で針のむしろ状態に追い込まれた春日くん。どうやって抜け出すのか、はたまた抜け出せないのか。毎回いたたまれない終わり方で次回が気になります。
第4話
仲村佐和をかばったことでクラスから浮いてしまった春日高男に助け舟を出したのは、他ならぬ佐伯奈々子だった。急接近した春日と佐伯はデートをする約束をする。それを知った仲村は、デートの当日、佐伯の体操着を春日に無理やり着させるが……。
仲村さんをかばったせいでクラスで立場の悪くなった春日くんを救ったのは佐伯さんでした。よかったね春日くん。しかし、仲村さんをかばったり、佐伯さんに挨拶をされるだけで、地位が下がったり上がったりするスクールカーストには反吐が出ます。
すっかり舞い上がった春日くんは、思春期ならではのポエムを執筆。
君の髪は薔薇 君の香りは青い夕焼け 永遠に救われない僕の罪を 君はその透明なプリズムで 簡単に吹き飛ばしてしまう 僕は変わろう 新しいマッチを擦ろう
痛いポエムかと一見思いきや、よく読むとヴィジュアル系の歌詞みたいで、さほどわるくないですね。自己陶酔が激しいのは思春期だからしょうがない。
前回までキャラが不明だった佐伯さんが一気にメインに。視聴者を仲村さんに感情移入させておいてから佐伯さんを本格導入するのは、なかなか憎い趣向です。先に佐伯さんに感情移入させてしまうと、仲村さん対する抵抗が強くなってしまいますもんね。
すんなりデートの申し込みをオッケーした佐伯さんは、初めから春日くんに気があったようです。だとすると、仲村さんとの関係を茶化された春日くんをフォローした佐伯さんは計算深い。
デートのことを知った仲村さんは、春日くんに佐伯さんの体操着を中に着ていくプレイを強制。SM色が強くなってきました。肉体的苦痛ではなくて、強烈な主従関係に基づく精神的なSMです。ますます『月光の囁き』に似てきたけれど、どう差別化していくのか楽しみです。
こういった支配的なSMの世界は、村上龍の小説で知りました。テレビなどで見るデフォルメされたSMと違って、人格の核をえぐるような凄みがあります。
佐伯さんに嫉妬していることを否定した仲村さん。でも、カラスを数えながら健気に春日くんを待ったり、ただ話すだけのために放課後一緒に過ごしたりしてるわけで、あまり説得力がありません。
主従関係が確立するのか、恋愛関係になるのか。さてどっち。
第5話
生まれて初めてのデートを憧れの佐伯奈々子とすることになって舞い上がる春日高男。しかし、仲村佐和に佐伯の体操着を服の中に着させられたのが気がかりで落ち着かない。仲村は、更なる難題を春日に押し付けるが……。
ブルマ姿の春日くんは、仲村さんの言うとおりたしかにド変態にしか見えません。ホントにこんな格好で女子が体育をしていたなんて、今となっては信じられない話ですね。
今回はデートということで、通学路を離れた市街地が舞台。なので、このアニメの見所でもある背景画が新規のものが多くて楽しめました。どれも、毎週放送のアニメとは思えない高さのクオリティです。
ロトスコープなので、背景画は実写のトレースなのだろうけど、そのチョイスが的を射てるんです。「あー分かる分かる」みたいな。思わずカメラを向けたくなる風景というんでしょうか。あざといチョイスだけど、こういう風景を好きな人って多いはず。
仲村さんが「ささささっ」と口ずさみながら尾行するシーンと、春日くんが告白成功して天に舞い登るシーンは、『惡の華』らしからぬ、いかにもアニメ然とした演出でした。それらのシーンと、実写ドラマに近い演出のシーンとが、緊張と緩和になって、春日くんが仲村さんに水をぶっかけられるクライマックスで一気に弾ける構成は見事。
やっぱり面白いアニメですね、『惡の華』。
物語の方とはいうと、春日くんが佐伯さんに自分の好きな物のことを一方的にまくし立てたり、お気に入りの小説をプレゼントしたり……。“思春期あるある”的な行動が、自分にも思い当たる節があって、観ていて恥ずかしかったです。
「佐伯さんとキスしな」と春日くんをけしかける仲村さんが、なんだか妙にエロかったのが第5話の一番の見所。ロトスコープならでは生々しさが活かされているシーンでした。一般的なアニメ絵では、あの感じは出せないでしょう。
さて、「地獄を見せる」とまで言っていたのに、約束を破った春日くんを罰しないどころか、交際を応援すると言う仲村さん。いったいどんな変態プレイが待ち受けているのでしょうか。
第6話
佐伯奈々子とのデートの翌日に春日高男が登校すると、二人がデートしたうわさでクラスは持ち切りになっていた。佐伯がクラスメイトたちに交際宣言をしたことで舞い上がる春日。体操着のことが佐伯奈々子にバレていないことが分かって春日は安心するが……。
クラスの憧れの的である佐伯さんが、スクールカーストの下位に属している春日くんと付き合い始めたうえに、はみ出し者の仲村さんと昼食を共にする。クイーンとしての自覚がない佐伯さんのせいで、クラスに不穏な空気が漂ってきました。
スクールカーストをクラスの秩序と信じている節がある木下さんの存在が、嫌な予感をさせます。思い込みと正義感と自己欺瞞と鼻っ柱が強い木下さんはちょっと怖い。今後、とんでもないことがクラスで起こりそうです。
- 著作者:
- 鈴木翔
- 出版社:
- 光文社
スクールカーストとは、学級内で発生するヒエラルキーのこと。本書では、学生や教師へのインタビュー調査を実施。学校生活の実態や本音を生々しく聞き出している。
第6話は小休止的な話だったものの、様々なバランスが徐々に崩れ始めた緊張感がありました。ジェンガのタワーが高くなって、いつか一気に倒れる感じというか……。自分が春日くんだったら、いっそのこと転校してしまいたい。
仲村さんはどう出るのかと思いきや、佐伯さんに近づき、「佐伯さんのぐちょぐちょの中身、私が引きずり出して春日くんに全部教えてあげる」ときました。今更ですが、春日くんよりも仲村さんの方が激しく思春期をこじらせているのだと気がつきました。
底知れぬものを感じさせた仲村さんですが、意外と早く底が見えてきましたね。それとも、もっと深い闇があるのでしょうか。
第7話
学校を休んだ佐伯奈々子の家へプリントを届けた春日高男は、佐伯の母親に促されるままに部屋に上がる。春日と仲村佐和が一緒にいるところを見た佐伯は、二人の関係を心配していた。しかし佐伯は、そのことを春日に告げず、春日を信じることを決心するが……。
おそらく、生まれて初めて女の子の部屋に入った春日くん。パジャマ姿の彼女と二人並んでベッドに座り、手まで取られるという、うぶな男子中高生なら悶絶すること間違いなしのシチュエーション。それでも、体操着を盗んだ罪悪感が興奮を上回る春日くんは、真面目の皮を被った変態です。
その後、中村さんの前にひざまずき、手を合わせ、心情を洗いざらい打ち明ける春日くん。
「中村さんしかいないんだ。佐伯さんに言ってくれ、俺が体操着を盗んだこと、俺の本当の姿を。中村さん!」
春日くんは、中村さんに心を開いているばかりか、主従関係に陥っているのに気がついてません。春日くんが真性のMだと自覚すれば、二人は立派なSMパートナーになれるのに。一方、中村さんはSとしての自覚に芽生えてきたようで……。
「いい顔してるよ、春日くん」
服従のポーズを取る春日くんの頬を優しく触れ、そう言葉をかけました。犬へのご褒美です。アメとムチのさじ加減が絶妙で、優れたSになれそう。
ただ、主人公たちがSMに自覚的だった漫画『月光の囁き』と違って、『惡の華』は思春期の狂気という位置づけのようですけど。
そんなこんなで二人は深夜の学校へ。
「俺は……、俺は普通になりたいんだよ!」
「普通」という地雷ワードを踏んだ春日くんに失望する中村さん。春日くんと二人のときは、いつも外していたメガネをかけました。
「契約は終わり。もう二度と私に口きかないで。さようなら」
春日くんは、中村さんがパートナーの解消を宣言したことによって、平凡な日常へ引き返す──おそらくは最後の──チャンスを得ました。けれどもそのチャンスを放棄して中村さんを引き止めた春日くん。やっぱり変態です。そしてそれは、佐伯さんではなく、中村さんを選んだということなのに、それに気づかぬまま春日くんは一線を越えてしまいました。
無自覚な変態の行く末は破滅だというのに。
それにしても、第7話のクライマックスの演出は素晴らしかったです。春日くんがチョークを宙にばら撒いた瞬間、スローモーションになってEDテーマの"花 -a last flower-"のストリングスが鳴り響いたときは鳥肌が立ちました。
そのままエンドクレジットへ突入するのもたまらない。録画は毎週上書きしているけど、今回ばかりは消すのがもったいない、永久保存版な傑作回でした。
教室に染み付いた馴れ合いの空気を塗りつぶしていく春日くん。
それを見て恍惚の表情で絶頂を迎える中村さん。
二人は遂に、教室に惡の華を咲かせました。
次回を観るのが楽しみのような、怖いような。凄まじい展開になってきました。
余談ですが、教室を墨汁で黒く塗りつぶしていく春日くんを見て、ローリング・ストーンズの名曲"Paint It, Black"が思い浮かびました。邦題は"黒くぬれ!"。歌詞も驚くほどぴったりです。
第8話
仲村佐和と教室を破壊した春日高男。佐伯奈々子の体操着を置き、真実を黒板に書き残した教室へ行くことを春日はためらうが……。
先週のクライマックスは、やはり制作側にとっても会心の出来だったようで、くだんのシーンのダイジェストが今週のオープニングでした。教室を破壊するあのシーンは、アニメ史に残るんじゃないでしょうか。
オープニングが明けて、春日くんと仲村さんが明け方のうらぶれた路地を二人で歩いて帰るシーンは、たっぷり6分間ただひたすら歩くだけ。いかにも実写の日本映画っぽい演出です。
こういった間延びと紙一重の演出は、瞬間瞬間の視聴率を気にしなければならないテレビでは避けられるため、映画になるとこぞってやりがちです。演出はあくまで手段であって、演出そのものが目的になってしまっては、それは監督の自己満足に過ぎません。
では、今回はどうだったのか。「意欲的なアニメにするぞ!」という意気込みが少しばかり先行している印象を受けるものの、必然的な手段だったと評価したい。なにせ、教室を破壊した激しいシーンの後ですから、このくらいの余韻があってもいい。
第7話と第8話をまたいでいるけれど、教室を破壊するシーンと帰宅のシーンは、静と動のワンセットですね。
さて、ちゃっかり手をつないで一緒に帰宅する春日くんと仲村さんは、はたから見ればラブラブなカップルです。SM的な破滅へ向かうかと思いきや、普通を否定しつつも普通の関係へ収束していくのでしょうか。
それにしても、二人の帰路の風景が魅力的でした。路地ズキとしては堪らない風景です。原作漫画家の押見修造さんの出身地である群馬県桐生市でロケをしているそうです。初めてアニメの舞台を実際に歩きたくなりました。これが話に聞く“聖地巡礼”なのかーっ!
閑話休題。翌日、春日くんが教室に着くまでの緊張感は、不穏なBGMも相まって尋常じゃなかった。
「駄目だ、やっぱり駄目だ!旅に出よう、このままどこかに旅に出よう!」
そりゃそうです。あの状況で登校するなら、旅に出てしまいたいよね。春日くんに感情移入してしまって、緊張で脇汗をかいてしまったくらい。
結局クラスメイトには犯人がばれずに一安心かと思いきや、意外と勘が働く佐伯さんにはばれてしまいした。心なしか、そんな春日くんを佐伯さんは受け入れそうな感じですが、どうなる次回。
第9話
佐伯奈々子にすべてを悟られた春日高男は、佐伯に別れを告げる。しかし、佐伯は春日を受け入れ、別れを認めない。自分が巻き起こしたことの重圧に耐えかねた春日は、当てもなく逃げ出すが……。
前回のラストで、体操着を盗んだ春日くんを受け入れそうな雰囲気だった佐伯さん。案の定、まるっと受け入れてしまいました。それどころか翌日、学校を休んだ春日くんの家に訪れ、顔を合わせるのを断られると、家の外から近所に丸聞こえな大声で思いを吐露するという暴挙に出る始末。
「あたし、体操着のこと別にうれしいよ!春日くんは、あたしのこと想ってやったんでしょ?男の子ってそういうものだって……」
思うに佐伯さんは、ダメ男にハマりやすい共依存タイプですね。ぐずな春日くんには都合がいい彼女です。反面、お互いを高めあうことはおそらくない組み合わせでもあります。
- 著作者:
- 信田さよ子
- 出版社:
- 朝日新聞出版
「私が見捨てたら、あなたは生きていけない」という幻想に張り付いた“共依存”の罠をベテランカウンセラーが子気味よく分析。「愛なのに、なぜ苦しいのか」への答えがここにある。
どうせだから春日くんは、佐伯さんがついてこれなくなるまで身勝手な交際を楽しめば良いのに。でも、プライドが高くて繊細でドMな春日くんは、そんなSっ気の強いことは出来ないようで、佐伯さんから逃げ出してしまいました。
佐伯さんの告白を立ち聞きしていたであろう春日ママは、春日くんが学校で騒ぎを起こした犯人だと気がつきました。まあ、学校を休んでいる時点で怪しい。欠席裁判になる可能性があるのに、よく学校を休めましたね。春日くんは、敏感なくせに、変なとこで鈍感です。
後先も気持ちも考えず、頭ごなしに春日くんを問いただす春日ママ。とどめに、家を飛び出した春日くんを捜して町中で大声を出して回るなんて、自殺に追い込みたいのでしょうか。佐伯さんもだけど、春日ママも相当面倒くさい。春日くんが仲村さんを選ぶわけです。
居場所を失って町中を逃げるように駆け回る春日くんが辿り着いたのは、仲村さんと放課後を過ごしていた河原でした。そこで春日くんを待っていた仲村さんは、なんて優秀なSなのでしょう。きちんとメガネを外しているかわいい一面も。
「じゃあ、行こうか。あの(山の)向こう」
二人で山の向こうへ行くという仲村さんの提案は、第2話で春日くんが一度断ったもの。ところが今回は、仲村さんが一緒に来てくれることに感謝すらしてしまいます。あの山の向こうには、いったいなにが待ち受けているのでしょうか。
第10話
二人乗り自転車で山の向こうを目指す春日高男と仲村佐和。雨に見舞われた二人が路肩で休憩している元に、春日を捜していた佐伯奈々子が追いつくが……。
思春期にありそうなこと、なさそうなこと、紆余曲折を経て「あの山の向こう」の一歩手前まで辿り着いた春日くん。そこで彼を待ち受けていたのは、二人の女の子、仲村さんと佐伯さんのどちらかを選ばなければならない選択肢でした。
肥大した自我が作り出した「特別な自分」が、「本当の自分」に折り合いをつけれずに苦悩する。そんな思春期における通過儀礼が、アニメ『惡の華』の描くところだったのですね。
さて、「特別」ってなんなのでしょう。
「私、本当にうれしかったんだもん。春日くんは、石ころだった私を宝石にしてくれたんだもん」
佐伯さんの言い放ったこの台詞は、一見すると安っぽくて薄っぺらい。でも、誰かと想い想われることは、たしかに宝石のように特別なんだ。だから想いを寄せていた佐伯さんに想われている春日くんもまた、特別な自分を手に入れているのです。
「僕は違うって思ってた。ほかの下らない奴らとは違うって。見ないようにしてた、本当の自分を。特別じゃない自分を。僕は、空っぽなんだ」
ところが春日くん、それでも自分を特別だとは思えないようです。どうやら春日くんが言うところの「特別」とは、『悪の華』を執筆したシャルル・ボードレールのように、時代を超えて人々に影響を与え続けるような存在を示しているようです。
いかにも思春期の男の子です。佐伯さんのほうがずっと現実的。おそらく春日くんは、そんな佐伯さんを「ほかの下らない奴ら」と同様に見下しています。そして、そのことに無自覚です。繰り返すけど、いかにも思春期の男の子ですね。
結局どちらも選べなかった春日くんは、二人から失望されていまいました。頭に浮かんだのは、小説『コインロッカー・ベイビーズ』のこの台詞。
「自分の欲しいものが何かわかってない奴は石になればいいんだ。だって欲しいものが何かわかってない奴は、欲しいものを手に入れることできないだろう?石と同じだ」
村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』より
- 著作者:
- 村上龍
- 出版社:
- 講談社
コインロッカーを胎内としてこの世に生まれ出たキクとハシ。廃墟と化した東京の上空に、華やかなステージに、そして南海の暗い海底に強烈な破壊のエネルギーがほとばしる。
春日くんの望みは漠然としすぎているから、二人に呆れられるのも仕方がない。残すことあと3話。春日くんは自分が本当に欲しいものを見定めることが出来るのでしょうか。
第11話
峠での出来事から1ヶ月後。春日高男ら三人は、何事もなかったかのように学園生活を送っていたが、お互い口を利かなくなっていた。佐伯奈々子の様子を見かねたクラスメイトの木下は、春日と佐伯を引き合わせるが……。
中学時代に同級生の女の子二人から、どっちを選ぶのかと詰め寄られる。なんていう「それが特別じゃないなら、いったいなにが特別なんだよ!」と野暮なツッコミを入れたくなるような経験をした春日くん。そんな彼が補導されたパトカーでつぶやいた一言。
「街だ……。僕は……どこにも行けないんだ」
どこにも行かないことを選んだのは自分なのに、まるでなにかに行く手を阻まれたみたいな言い様が見苦しい。とはいえ、春日くんはまだ中学生。どこにも行けないのは自分自身のせいだと気が付かないのも仕方がない。
ロトスコープの元になっている実写キャストの植田慎一郎さんが19歳だからか、春日くんがどうにも中学生に見えなくて、青臭さが必要以上に目についてしまいます。これはロトスコープの弊害ですね。クラスメイトも含め、実際に中学生をキャスティングするのは無理だったのでしょうか。
さて、帰宅した春日くんを待っていたのはクズすぎる母親でした。一方的に感情をぶつけるだけで、まるで春日くんの気持ちを顧みません。
「間違ってた、あたしたちの子育てが間違ってたのよ!」
母親が吐いたこの台詞は、決して反省の弁ではありません。春日くんを遠まわしに攻めているだけ。自分の思い描いた子供にならなかった春日くんに浴びせかけた呪詛の言葉です。本当に間違っていたと思ったのなら、もっと真摯に春日くんと向き合ったはずですから。
春日くんが過剰に内証的なのは、思春期をこじらせたからだと思っていたけれど、このクズな母親の所為だったのですね。
この出来事の後、なぜ息子の春日くんが、母親である自分に他人行儀で異常なほど礼儀正しく接してくるのか。この母親が理解することはないでしょう。早く大人になって家を出るしかありません。それでもその先の嫁姑問題は避けられないかと思うと、春日くんが不憫で仕方がない。
- 著作者:
- スーザン・フォワード
- 出版社:
- 講談社
不安、怒り、過剰な義務感、そして罪悪感。子供時代に植えつけられた「感情の種」が大人になったあなたに害を与え続ける。親に奪われた人生を取り戻すための、具体的な方法をアドバイスする“現実の希望”にみちた名著。
圧巻だったのが、6分半にも及ぶ春日くんの夢のシーン。赤く燃える街並みを背景に、足元一面に咲いていた悪の華が、堰を切ったように渦巻き舞い上がる!アニメ『惡の華』は、毎回なにかしらグッと惹きつける演出があって感心します。ロトスコープだからというだけで、アニメ『惡の華』を敬遠するなんてもったいない、と改めて言いたい。
さて、佐伯さんを振って、中村さんを選ぶことを決意した春日くん。でも、その理由は、どうも中村さんには自分が必要だからと思ったからみたい。春日くん自らが必要とする人を選ばなくては、春日くんの望む場所には行けないというのに。
第12話
仲村佐和と一緒に「あの山の向こう」へ行かなかったことを後悔し始めた春日高男は、かつての約束である作文を書き上げる。しかし、その作文を仲村に読んでもらえず、遂には仲村の自宅を訪れるが……。
第11話で、赤く焼ける街で中村さんと邂逅する夢を見て、彼女には自分が必要だと思い立った春日くん。でもそれって主観的な願望かつ妄想であって、相手の気持ちを一方的に代弁するストーカー思考です。さすがは春日くん、変態です。まあ幸か不幸か両想いっぽいから問題なさそうだけども。
かいがいしい春日くんは、中村さんと前に約束していた作文を書きました。けれどまるで相手にしてくれない中村さんを追いかけます。
「頑張る!頑張って、本物の変態になる!中村さんを一人にはしない!じゃなきゃ僕は、一生後悔しそうな気がするから」
いや、変態性とは持って生まれたもので、頑張ってどうにかなるものじゃないと思います。それに、そもそも春日くんはナチュラルボーン変態ですし。この従順なところが、中村さんのS心をくすぐったのでしょう。
- 監督:
- オリバー・ストーン
- 原案:
- クエンティン・タランティーノ
ナチュラルボーン(生まれついての)キラーズ(殺人者)を描くバイオレンス映画。犯罪者を美化しかねないと上映禁止にする国も出た問題作。
この中村さんを追いかけるシーンの背景はすごかった。アニメ『惡の華』の見所の一つである背景画は、これまで当然ですが静止画でした。それがこのシーンでは、きっちり動画でした。CGなのでしょうか、アニメの技術もどんどん上がってるんですね。
それはさておき、中村さんに逃げられた春日くんは、遂に中村さんの自宅へ訪問します。すごい行動力。恋してるとしか思えません。中村さんは留守だったけど、父親に家へ上げてもらい、こんなことまで言ってしまいます。
「中村……佐和さんが、なにを思ってるのか、正直僕もわからなくて。でも……僕は、わかりたいんです、中村さんを。」
ああ、やっぱり恋してます。相手のことを知りたい、理解したいという気持ちは、恋以外の何者でもないかと。結局のところ、むしろ春日くんが中村さんを必要としているのでしょう。
夕飯をご馳走してもらうことになった春日くんは、中村さんの帰宅を借りてきた猫のように待つのかと思いきや、トイレを借りるさいの隙に乗じて中村さんの部屋への侵入を試みる暴挙に出る始末。
女の子の部屋へ勝手に入るタブーを犯すなんて、さすがは春日くん、変態です。春日くんの変態性を佐伯さんへ向けさせることにご執心だった中村さん、その矛先が自分に向けられた彼女は果たしてどう出るのでしょうか。
さあ遂に次回は最終回です。
第13話
仲村佐和の部屋に侵入した春日高男は、彼女が思いの丈を書き殴ったノートを見つける。ノートには春日と仲村が共に過ごした日々が書き連ねてあった。そこへ仲村が帰ってくるが……。
中村さんが帰宅していないのをいいことに、彼女の部屋に進入して物色し始めた春日くん。「中村さんの匂いがする」と頬を赤らめて、完全に興奮してます。父親と祖母は在宅してるのにすごい根性です。中村さんの努力の甲斐あって、春日くんはいつのまにか変態として一皮向けましたね。
それにしても、そっけない部屋。佐伯さんの部屋とは大違い、女子力ゼロです。おそらく、中村さんが「クソムシ」と唾を吐きかけているのは、「女子力」みたいな言葉がまかり通る世界に対してなのでしょう。
- 編集者:
- 女子力向上委員会
- 出版社:
- 宝島社
女子力、それは「キレイになりたい」と願い、行動する力。自分のキレイは自分で作る。女子力を上げようとチャレンジし続ける女たち、その熱い戦いのレポート。
けれども唾を吐きかけてしまっては、そこに嫉妬の影が落ちて、同じ舞台に立ってしまいます。「あの山の向こう」へ行きたいのなら、無視しないと。中村さんは自分の世界を持っているようで、まだ確立できていません。
中村さんは、まだ学校と家庭しか世界をしらない中学生なのだと思い出しました。ロトスコープの絵柄で大人びて見えるから忘れてしまうけど。
感情を書きなぐった中村さんのノートを見つけるまでの、女子の部屋をあさる背徳感と、部屋の主がいつ帰ってくるか分からない緊張感はすごいものがありました。けれど意外にも帰宅した中村さんはキレることなく、笑顔で「表に出ろ」とジェスチャー。ノートを見られて恥ずかしかったのか、走って逃げ出す始末です。春日くん、形勢逆転だ!
中村さんに追いついた春日くんは、こうつぶやきました。
「中村さん、お願い、お願いだから……一緒に、この街で、この街の中で、向こう側を見つけたいんだ」
「あの山の向こう=ここではないどこかへ」から「この街で=ここで戦え」への変遷。J-ポップ(ロック)における歌詞のトレンドの推移を見ているようです。そういえば、『エヴァンゲリオン』のシンジくんも同じような心情の変化を経ていましたね。
ここから、"花 -a last flower-"に乗せて前回までを振り返る怒涛の総集編がスタート。いろいろあったなと感慨深く観ていると、なんと今後の展開の総集編へそのまま突入。そして最後に画面に映し出されたのは「第一部 完」の文字。今回の最終回は、第一部の終わりに過ぎなかったのです。
いうなれば第一部は「あの山の向こう編」で、第二部が「この街の中で編」といったところでしょうか。
今後の展開については断片的な映像だけだけど、春日くんたち3人は、一線を越えてしまうようです。とにかく不穏な空気は伝わってきました。原作の漫画を読めばすぐに続きが観れるのだろうけど、せっかくなのでアニメ版の第二部を待ちます。
「今度は僕と契約しよう、このクソムシの海から這い出す契約を!」
一皮向けた変態となり、果たすべき目的を得た春日くんが迎える結末は天国か地獄か。 世界を否定した先にあるものを描き切れたならば、第二部はすごいものになりそうです。
第一部まとめ
アニメ『惡の華』は、原作漫画とはまるで違う、実写をベースにして作画するロトスコープを採用したことで、賛否がはっきり分かれました。近年のアニメにおけるスタンダードのいわゆる“萌え絵”とは真逆の作画は、様式美を重んじるタイプの人には受け入れがたいものだったようです。
逆にいえば、賛否の否のほとんどはロトスコープに対するものなわけで、作品そのものにけちを付ける人はあまり見かけません。それだけ作品性については申し分のない出来栄えだったのです。
ちなみに、ロトスコープの採用は、原作者の押見修造さんのお墨付きです。一部の駄作に見受けられる愛のない改変ではなく、きちんと原作に敬意を払っているのです。
原作漫画と絵が違うからと頭ごなしに食わず嫌いせず、ぜひ観て欲しい。
物語は、原作漫画が人気作だけあって、思春期のモヤモヤした気分と、ドロドロした感情を過剰に追体験できて、思春期ドラマとしては群を抜いています。思春期における「あるある!」から「あるあ……ねーよ!」まで、願望と絶望がぐちゃぐちゃに綯い交ぜになった物語は、観ていて良い意味で疲れました。
鳥肌が立つような際立った演出も頻出して何度も唸らせられたし、ASA-CHANG&巡礼によるエンディングテーマの"花 -a last flower-"には毎回ぞわぞわさせられるしで、思い起こせば褒めることばかりです。
あえて難点を挙げるなら、設定よりも実写キャストの年齢が高いせいで、中学生に見えないことくらいか。
そんなわけで、傑作と言っても過言ではない、アニメ『惡の華』の第一部でした。
- タイトル:
- アニメ『惡の華』感想: はながさいたよ、だれもみたことないはながさいていたよ
- カテゴリ:
- テレビ
- 公開日:
- 2013年04月17日
- 更新日:
- 2016年06月19日