『クラウド アトラス』感想と解説: 果てなき魂の旅路
映画『クラウド アトラス』は、アメリカでの一般公開前、複数の映画評論家から複雑な構成を叩かれたそうです。その話を聞いて、むしろ興味を引かれました。分かりやすさは、底の浅さと紙一重です。複雑だっていいじゃない!
しかも、いざ公開を迎えてみれば、過半数のレビューが好意的。こうなると、観るしかありません。
あらすじ
- 1849年 南太平洋諸島
- 奴隷貿易の契約交渉をしていた弁護士のアダム・ユーイングは、病に倒れてしまう。医師のグースは、寄生虫のせいだと診断するが……。
- 1936年 スコットランド
- 作曲家を目指すロバート・フロビシャーは、銃口を口にくわえ、今まさに自殺しようとしていた。なぜ彼は自殺しようとしているのか……。
- 1973年 サンフランシスコ
- ジャーナリストのルイサ・レイは、偶然知り合った物理学者のシックススミスから、原子力発電所に関する重大な資料をリークすると言われ……。
- 2012年 ロンドン
- 編集者のティモシー・キャビンディッシュは、担当作家のダーモットが起こしたトラブルに巻き込まれ、兄のデニーに紹介してもらった隠れ家に逃げこむ。しかしその隠れ家は……。
- 2144年 ネオ・ソウル
- 遺伝子操作で作られた人間である複製種のソンミ451は、純血種の人間にレストランで働かせられていた。彼女の同じ毎日の繰り返しが、革命家のチャンとの出逢いで一変する……。
- 2321年 ハワイ
- 地球規模の崩壊が起き、人類は残り少なくなっていた。ヤギ飼いのザックリーは、科学文明をかろうじて維持しているプレシエント族の使者から死の山へのガイドを頼まれ……。
6つの物語
あらすじのとおり、『クラウド アトラス』は、時代の異なる6つの物語で構成されています。それらが少しずつ同時進行するため、たしかに複雑です。けれど、緻密に計算された編集のおかげで、きちんと秩序立っているのがすごい。
これほど壮大でモザイク状の物語を成立させるには、どれだけの試行錯誤があったことでしょうか。感服せざるを得ません。
時代ごとにジャンルが違うのもポイント。たとえば2012年ロンドンのパートはコメディだし、2144年ネオ・ソウルのパートは『マトリックス』を髣髴させるSFアクションです。この色分けは、観客が劇中の状況を把握する手助けにもなっています。だから観ていて混乱するのは最初だけ。すぐに全体像が見えてきます。
そして、それら多ジャンルの物語が渾然一体になることで、結果的にジャンルを超越したといっても過言ではないでしょう。
忘れてならないポイントがもう一つ。それは、同じ俳優たちが、すべての時代で登場人物を演じているということ。輪廻転生を思わせる配役です。
輪廻転生
劇中で輪廻転生に言及することはないけれど、同じ俳優が演じている人物は、前の時代でその俳優が演じた人物の生まれ変わりだと思わないわけにはいきません。
ただ、日本人にはなじみのある輪廻転生の思想ですが、キリスト教圏では一般的ではないようです。『クラウド アトラス』は欧米の映画ですから、あまり因果応報(1)にとらわれた見方をすると、理解の妨げになるかもしれません。
また、俳優たちは特殊メイクで性別すら超えて演じているため、一見では分からないことも。DVD・BDで観た場合は、思わず早戻しや一時停止をして確認したくなるかもしれないけれど、初回は通しで観ることをおすすめします。『クラウド アトラス』は謎解き映画ではないのですから。
(1)前世における行いが原因となって、現世における善悪や幸不幸がもたらされることを意味する仏教用語。
ネタバレ解説
エンディングクレジットで明確にされる配役を見て、驚いた人も多いはず。まずは、配役を確認してみましょう。
俳優 | 1849年 南太平洋諸島 |
1936年 スコットランド |
1973年 サンフランシスコ |
2012年 ロンドン |
2144年 ネオ・ソウル |
2321年 ハワイ |
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[備考]監督(3) | W | T | T | T | W | W |
赤文字は、ほうき星の形をしたアザの持ち主。 (1)ルーファス・シックススミスの姪 |
||||||
トム・ハンクス | ヘンリー・グース (医師) |
(安ホテルの支配人) | アイザック・サックス (発電所の従業員) |
ダーモット・ホギンズ (作家) |
(『ガベンディッシュの大災難』の主演俳優) | ザックリー (村の民のヤギ飼い) |
ハル・ベリー | (農園で働くマオリ族) | ジョカスタ・エアズ (ビビアンの妻) |
ルイサ・レイ (ジャーナリスト) |
(出版パーティーのインド人客) | オビッド (ソンミ451の首輪を外す闇医者) |
メロニム (プレシエント族の使者) |
ジム・ブロードベント | モリヌー (船長) |
ビビアン・エアズ (作曲家) |
ティモシー・ガベンディッシュ (編集者) |
(路上の二胡弾き) | (プレシエント族) | |
ヒューゴ・ウィーヴィング | ハスケル・ムーア (権力者) |
ケッセルリング (指揮者) |
ビル・スモーク (殺し屋) |
ノークス (女性看護師) |
メフィー (評議員) |
オールド・ジョージー (ザックリーの悪魔の声) |
ジム・スタージェス | アダム・ユーイング (弁護士) |
(安ホテルを追い出される客) | (メーガン(1)の父親) | (スコットランド人のラグビーファン) | ヘジュ・チャン (反政府組織の化学武官) |
アダム (ローズの夫) |
ペ・ドゥナ | ティルダ (ハスケルの娘でアダムの夫) |
(メーガンの母親)/(違法工場のメキシコ人女性) | ソンミ451 (遺伝子操作で作られた複製種) |
|||
ベン・ウィショー | (船の給仕係) | ロバート・フロビシャー (作曲家を目指す成年) |
(レコード店の店員) | ジョーゼット・ガベンディッシュ (デニーの妻) |
(韓国人のビジネスマン(2)) | (村の民) |
ジェームズ・ダーシー | ルーファス・シックススミス (ロバートの恋人) |
ルーファス・シックススミス (物理学者) |
ジェイムズ (ノークスの手下看護師) |
(ソンミ451に質問する記録官) | ||
ジョウ・シュン | (ホテルの従業員) | ユナ939 (純血種の生活に憧れる複製種) |
ローズ (ザックリーの妹) |
|||
キース・デイヴィッド | クパカ (ホロックスの奴隷) |
ジョー・ネピア (レスターの戦友) |
アンコー・アピス (反政府組織の将軍) |
(プレシエント族) | ||
デイヴィッド・ギヤスィ | オトゥア (アダムに匿われた奴隷) |
レスター・レイ (ルイサの父) |
(プレシエント族) | |||
スーザン・サランドン | (ホロックスの妻) | アーシュラ (ティモシーの若き日の恋人) |
ユスフ・スレイマン (男性科学者) |
アベス (村の民の指導者) |
||
ヒュー・グラント | ホロックス (牧師) |
(高級ホテルの警備員) | ロイド・フックス (発電所の所長) |
デニー・ガベンディッシュ (ティモシーの兄) |
リー (レストランの責任者) |
(コナ族のチーフ) |
ジム・スタージェスとペ・ドゥナが演じる人物は、転生を繰り返し、何度も結ばれていることが分かります。しかし、そのほかの転生は、必ずしも因果応報とはいえません。
ときに理屈に合わないことが起きる人生のように、魂の旅路もまた道理を超えている、という思想でしょうか。
また、受け継げらていれるのは魂だけではありません。ほうき星の形をしたアザを持つ人は、魂を超えて人生の一部を受け継いでいます。
- アダム・ユーイング
- 不明。
- ロバート・フロビシャー
- アダム・ユーイングの旅路を本にした『アダム・ユーイングの太平洋航海記』を読む。
- ルイサ・レイ
- ロバート・フロビシャーがルーファス・シックススミスへ宛てたラブレターをルーファスの殺害現場で発見して読む。
- ティモシー・ガベンディッシュ
- ルイサ・レイの関わった原子力発電にまつわる事件を小説にした『ルイサ・レイの謎』を読む。作者は、大人になったハビエル(ルイサの部屋に入り浸っていた少年)。
- ソンミ451
- ティモシー・ガベンディッシュの自伝的小説を映画化した『ガベンディッシュの大災難』のビデオをユナ939からもらって観る。
- ザックリー
- ソンミ451の宣言が時を経て経典となったものを信仰している。
そして、ザックリーが自分の物語を子供たちに語り継ぐところで『クラウド アトラス』は幕を閉じます。こうして人生は継承されていき、魂の旅路もまた続くのです。
お気に入り度
『クラウド アトラス』のアメリカにおける興行成績は、制作費の3割弱という失敗に終わってしまいました。全世界のトータルでなんとか黒字という厳しい結果です。けれどもそれは映画の出来不出来とはまた別の話。
だって、出来栄えは素晴らしいのだから。ウォシャウスキー姉弟のネームバリューのおかげで埋もれずに済みましたが、もっと認められてよい映画です。というわけで、お気に入り度は80%です。
- タイトル:
- 『クラウド アトラス』感想と解説: 果てなき魂の旅路
- カテゴリ:
- 映画
- 公開日:
- 2013年04月10日
- 更新日:
- 2016年01月20日