『es[エス]』感想: スタンフォード監獄実験を知ると、世界の見方が変わる

スタンフォード監獄実験を知っていますか?21人の被験者たちを看守役と囚人役に分け、擬似的に再現した刑務所での心理的変化を追った実験です。被験者たちが暴力的な状況に陥ったため、予定の2週間を切り上げ、実験は6日目にして急きょ中止されました。

映画『es[エス]』は、このスタンフォード監獄実験を下敷きにした心理スリラーです。

あらすじ

タクシー運転手をしながら記事を書いているタレクは、模擬刑務所における心理実験の参加者募集に応募する。4000マルクという高報酬と、記事のネタが手に入ると考えたのだ。参加が決まり、タレクは囚人役に振り分けられた。和やかな雰囲気で開始された実験だったが、やがて看守役と囚人役との対立が激しくなっていき……。

虚構と現実

なにせ悪名高い心理実験ですから、スタンフォード監獄実験を知っている人は多いでしょう。心理学に少しでも興味があれば、一度は耳にしたことがあるはずです。しかし、百聞は一見にしかず。聞きかじるのと目にするのでは、わけが違います。

『es[エス]』はフィクションですから、もちろん事実そのままではありません。現実では手遅れになる前に実験は中止され事なきを得ましたが、映画では危機的状況が際限なくエスカレートしていきます。

事実と違うから、『es[エス]』は人間心理を知るうえで参考にならない?いいえ。劇中の出来事が決して絵空事ではないことは、現実が教えてくれています。例えば、2004年に発覚したアブグレイブ刑務所での捕虜虐待事件です。

アブグレイブ刑務所事件

イラク戦争中にアメリカ兵がアブグレイブ刑務所で捕虜に虐待を行っていた事件は、上辺だけをなぞると、一部の暴力的なアメリカ兵が起こしただけのように思えます。

しかし、スタンフォード監獄実験で見受けられた、「人間は与えられた役割に没頭する」「閉ざされた世界で強い権力を与えられた人間は、力を振りかざす」という心理的変化を踏まえて事件を振り返ると、見方が変わってきます。

虐待に参加した加害者たちの証言を信じれば、(一部の例外を除いて)彼らは加虐趣味のある残虐な人間ではありませんでした。死の危険にさらされ続ける戦争という異常な状況の中で、与えられた役割に飲み込まれてしまったのです。

この事件の恐ろしさは、本人たちの資質を超越して、虐待を正しいこと、当然のことだと思い込んでしまったことです。だからといって彼らが加害者であることは間違いありません。ただ、同時にまた戦争の被害者でもあるのです。

見えない監獄

『es[エス]』が示唆する出来事は、戦争のような極端な状況に限りません。桜宮高校体罰事件は、学校という身近な環境で起こりました。部活動という狭い世界で絶対的な権力を得た顧問が暴走し、体罰という仮面を被った暴力を生徒にふるって自殺へ追い込んだのです。

学校は、ゆるやかな監獄である。といったら大げさでしょうか。少なくとも、スタンフォード監獄実験に近い心理的変化が起こり得る危険性は憂慮しなければなりません。実際この事件に限らず、体育会系の部活動で指導を大義名分とした暴力が後を絶たないのですから。

同じ悲劇を繰り返さないために、学校の部活動に限らずスポーツの指導者は第三者による定期的なカウンセリングが必要なのかもしれません。

スリルと臨場感

もちろん、人間心理はとても複雑で多様性がありますから、スタンフォード監獄実験の結果から事件の全貌を推し量ることはできません。けれども、事件を読み解く上でのヒントは得られます。

これは、スタンフォード監獄実験を字面で追っただけではなく、『es[エス]』を通して肌で感じたからこその感慨です。優れた演出により、まるで実際に体感しているような臨場感があるため、心理的変化への共感度が高いのです。

それゆえに、「スリラー映画」の文字どおりのスリルが味わえます。人間心理や現実の事件はさておいて、一時のスリルを求めてジェットコースターに乗る気分で観ても文句なしに楽しめのでご安心を。

というわけで

スリラー映画が好きな人、人間心理に興味がある人、ハリウッド映画以外の洋画を観てみたい人(『es[エス]』はドイツ映画)、いずれかに当てはまるなら必見。もしかしたら、世界の見方が少し変わるかもしれないですよ。

というわけで、『es[エス]』のお気に入り度は、星4.5つです。【投稿: マコネ

タイトル:
『es[エス]』感想: スタンフォード監獄実験を知ると、世界の見方が変わる
カテゴリ:
映画
公開日:
2013年12月29日
更新日:
2014年04月15日

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